色紙に「一生童心」と書いた人形の吉徳の第10代当主

これまで色々な創作人形作家さんを紹介しました。
その中で、あなたがご存知だったり、お好きな作家さんはいましたか?

私が紹介したい人形作家さんはまだまだいますので、引き続き紹介しますね。

今日は山田 徳兵衛さんを紹介します。
その功績はウイキペディアから引用しますね。

山田 徳兵衛(やまだ とくべえ、1896年5月14日 – 1983年12月21日)は、日本の実業家、人形問屋吉徳の第10代当主、人形研究家、人形師。
経歴

東京に生まれ、出生名は庫吉であった。
中央商業学校(中央学院大学の前身)に学ぶ。

1923年、関東大震災で店舗を失った吉徳の再建にあたり、人形専門店への転換を進めた。
吉徳の経営者となると、東京独自の雛人形の形態を生み出し、雛人形のセット販売などで業績を伸ばした。

1927年、青い目の人形への「答礼人形」として58体の日本人形を製作してアメリカ合衆国へ贈る取り組みが行なわれた際にはこれに深く関わり、人形の企画製作にあたった。

1930年には、人形芸術運動に取り組むため、石井柏亭、笹川臨風、西沢笛畝らとともに童宝美術院を結成し、同人となる。
同年には、日本人形研究会を設立し、初代会長となった。

1938年には、日独伊防共協定の成立を記念して大日本連合女子青年団と大日本連合婦人会が、アドルフ・ヒトラー総統とベニート・ムッソリーニ首相への贈呈を企画した「やまと人形」の製作にもあった、

戦前から、戦後にかけて、長く業界を代表する人物として活動し、日本人形研究会初代会長、日本玩具および人形連盟会長、日本人形協会会長、日本ひな人形協会名誉会長、浅草法人会会長などを歴任した。

1982年には、日本経済新聞に「私の履歴書」が連載された。

俳句をたしなみ、土偶と号した。
色紙に揮毫を求められると、「一生童心」と書いた。

以上です。

人形作家だけでなく、実業家としても成功されたのですね。
人形の吉徳と言えば、ひな人形で有名な会社ですよね。
その第10代当主でもあったのです。
「一生童心」とっても素敵な言葉ですね。
私もそんな気持ちを忘れないようにしたいと思っています。

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