創作人形界の巨匠 辻村 寿三郎さん

これまで何人かの創作人形作家さんを紹介しました。
その中で、あなたがご存知だったり、お好きな作家さんはいましたか?

私が大好きな人形作家さんはまだまだいますので、引き続き紹介しますね。

今日は辻村 寿三郎さんを紹介します。
辻村 寿三郎さんと言えば知らない方はいないと言っても過言ではないと思います。
ですが、あらためてウイキペディアから引用してみましょう。

辻村 寿三郎(つじむら じゅさぶろう、1933年(昭和8年)11月11日-)は、日本の人形作家、人形操作師。
アートディレクター。旧名は辻村ジュサブロー。 

年譜

1933年 旧満州国錦州省生れ。少年時代を中国大陸で過ごす。 育った料亭で芸者の着物や端切れに親しみ、
物心ついたとき は割り箸で人形を作っていた。
1944年 11歳で日本に引き揚げ。広島市内の横川(現西区横川町)に1年ほど住む。
1945年 原爆投下の3ヶ月前に母の郷里で中国山地の山間の町、広島県三次市に越す。

横川は爆心地から2キロほどの地点にあったため、あのまま広島市内に居たらこの世にいなかったかも知れない。

  戦後 三次中学(現三次高校)卒業。

裁縫士になるべく洋服屋に奉公するが三年で辞めるなど、他の仕事も長続きしなかった。
    しかし入った演劇サークルで看板書き、舞台装置、役者のかつら造りなどをする。

1954年 母の死をきっかけに広島に来演した前進座の河原崎国太郎を頼り役者を志して上京。
  その後河原崎の紹介で小道具制作の会社に就職
1959年 26歳で独立、幼い頃よりの趣味であった創作人形を一生の仕事と決意
1961年 第13回現代人形美術展で『八百屋お七』が入選。以後、同展で特選・佳作となるなど人形作家としての地位を確立
1973年 NHK『新八犬伝』で人形美術を担当、300体もの人形を作り、一躍人気作家となる
1975年 NHK『真田十勇士』の人形美術を担当。芸術選奨新人賞受賞。
1978年 『王女メディア』(日生劇場)、アートディレクター担当
1981年 映画『魔界転生』の衣装デザイン担当
1986年 『オイディプス王』(築地本願寺)、アートディレクター担当
ABC制作のドラマ『必殺仕事人V・激闘編』第12話「頼み人は津軽のあやつり人形」(1986年2月14日放送)に人形遣の喜太郎役で、自作の人形とともにゲスト出演
1990年 TBS系時代劇『浮浪雲』(ビートたけし主演)の衣装デザイナー担当
1996年 東京日本橋人形町に長年の夢だった自身の人形館(ジュサブロー館)を開館 
2000年 ジュサブローを本名に改める
2006年 怪主催「世界妖怪会議」にゲスト出演するため、故郷三次市に凱旋。
また、福岡県行橋市で人形教室が開講(詳細は後述)。

その他その異才ぶりを遺憾なく発揮し、数々の創作人形の発表、人形芝居の上演、舞台衣裳デザインなど精力的な活動を行う。
日本を代表する人形作家でありながら人形の世界にとどまらず、総合的なアーティストとして各方面より大きな注目を集めている。
また人形館(ジュサブロー館)では作品展示の他、アトリエを公開しファンとの交流を図っている。現在人形町で唯一人の人形職人である。

なお文楽人形遣いの2代目桐竹紋十郎に人形制作のいろはを教わった。

と、まぁ、本当に偉大な方なのです。
特にNHKの人形劇『新八犬伝』と『真田十勇士』は私も大好きで、毎回の様に観ていたので、思い入れも深いですね。
そんな偉大な辻村 寿三郎さんの作品は、書籍でも見る事が出来るので、私も集めてみようと思っています。

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